インタラクション・デザイナーのジレンマ:デザインは減点法

QWERTYキーボード私たちが普段使っているキーボードの配列は、左上からのキーの並びにちなんでQWERTY配列と呼ばれています。この配列の起源は古く、タイプライターの時代までさかのぼります。

このQWERTY配列、よく考えてみると母音の位置などもばらばらで、とても覚えやすい/打ちやすいとはいえません。タイプライターがなぜこのような配列になっていたかというと、タイプライターの個々のキーは打つと動いて文字を刻印するため、あまり早くタイプするとキーどうしが干渉してしまうため、わざとタイピングが遅くなるような配列になっているのです。

打ちやすさを考慮したDVORAKといった配列も提案されていますが、普及率は事実上ゼロです。タイプライターの時代の技術的な要請から使われるようになったQWERTY配列が、なぜ今日まで使われ続けているのでしょうか。

インタラクションのパラダイムはそんなに変わらない

より広くコンピュータのUI全般を考えても、80年代の前半に今のPCのGUI(グラフィカル・ユーザ・インタフェース)が確立して以来、インターネットやウェブの登場などを経ても、30年近くインタラクションはほとんど変わっていません。最初のMac OSの画面を見ても、モノクロの素朴なグラフィックですが、アイコンやウィンドウ、メニューなどの構成要素が今日のMac OS XやWindows 7にそのまま受け継がれていることに驚かされます。

Macintosh System 1.0
Macintosh System 1.0

デザイナーや研究者は決して怠慢なわけではなく、タンジブルやアンビエント、ジェスチャーなどのさまざまな手法が研究され、多くのコンセプトデザインや論文が発表されています。にも関わらず、広く普及したものはほとんどありません。それくらい、インタラクションにおいては「慣れ」が重要で、簡単には新しいインタラクションが受容されることはありません。

iPhoneやMicrosoft Surfaceなどのマルチタッチは、そう考えると30年ぶりのインタラクションのパラダイム・シフトなのかもしれません。自分でも、マインドマップのアプリケーションなどをiPhoneで使って、オブジェクトをダイレクトに操作していると、PCをマウスやキーボードで操作していることがひどくレガシーに感じられるときがあります。

iPhoneのマルチタッチ

インタラクションは重要ではない?

ここで重要なのは、iPhoneのマルチタッチなどは、確かに気持ちよくて楽しいのですが、そのインタラクションそのものが目的になっているわけではありません。私達のプライマリな情報環境が、PCと比べてサイズの制約があるモバイルデバイスに移行する中で、iPhone以前のスマートフォンやPDAは、Windows Mobileに代表されるようにPCのインタラクション・パラダイムをそのまま小さな画面に押し込んでおり、結果としてあちこちに使いにくさを生じさせていました。iPhoneのUIの価値は、ウェブをブラウズする、コンテンツを再生するなどのタスクを効率的に遂行できることに価値があり、だからこそ広く普及したのです。

私達のようなインタラクションのデザイナー/研究者は、インタラクションそのものの新規性や珍しさ、面白さを目指してしまいます。しかし、使う人にとっては、そのインタラクションを通じて何をできるか、そのための障壁がどれだけ取り除かれているかが大事なのです。デザインというのは減点法で評価されるものです。たとえばAppleや任天堂の製品を見ていると、特殊な技術一つで優れたデザインを実現しているものなどなく、細部の細部まで配慮の行き届いた仕上がりを見るにつけ、テストとそのフィードバックを受けた改善にかけられた労力が見えます。これがいいデザインってもんです。

2 thoughts on “インタラクション・デザイナーのジレンマ:デザインは減点法”

  1. ふーむ、QWERTYキーボードの配列の成り立ちはあまり根拠のない都市伝説のような話だったのですね、ご指摘ありがとうございます。

    本文で言いたかったのはいずれにしても技術的に優位な方式のみがインタフェースとして普及する訳ではないということでしたが、根拠が不明瞭である以上訂正させていただきます。

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