夏への扉:明日は今日よりずっといい日になる

1970年12月3日、ぼくも一緒に夏への扉を探し続けていた。

もし一度だけ、これまでのいつかの夏へ帰れる扉があったら。僕だったら、やっぱり大学生の頃、可愛いあの子とでかけた由比ケ浜あたりに戻りたい。そんな夏を、誰もが持っていると思います。でも、現実にはそんな夏への扉は開いていません。僕達はあの夏の思い出は胸にしまって、明日へと歩いていく。だから、どうせなら明日は今日よりいい日だと思っていたい。そんな気分の時に、ハインラインの「夏への扉」はどうでしょう。

今回小尾芙佐による新訳が出た「夏への扉」は、アメリカのSF3巨匠の一人と言われるロバート・A・ハインライン(ちなみに他の二人はアイザック・アシモフとアーサー・C・クラーク)が1956年に発表したSFの古典です。主人公のダンは優秀な発明家で、事業は成功を収めつつありましたが、美しい恋人と経営者の友人に裏切られ、発明も盗まれるなどすべてを失ったところから物語が始まります。ダンの傍らにいるのは、人間のドアは夏の世界に通じていると信じている雄猫のピートだけ。

すべてに絶望したダンは、結果的に冷凍睡眠によって現代を去り、西暦2000年の世界で目を覚まします。30年間という時間による社会の変化に、ダンは戸惑いを隠せませんが、持ち前の学習能力と機転を活かして次第に2000年の世界でもうまくやっていけるようになります。そんなダンの心から離れないのは、自分のことを思っていてくれたにもかかわらず気持ちに応えることができなかった少女リッキーの存在。そして、リッキーへの思いを遂げるためにダンの取った手段は−−と、ここから先は読んでのお楽しみ。

ここで言えるのは、SFやアドベンチャー小説の主人公の多くは、異常な事態に遭遇して、その事態を打開しようとあがくのが定番になっています。しかし、海兵隊に所属し、その後も様々な職業に就いて人生経験豊富なハインラインの描くヒーローは、読者さえも手玉に取って自ら事態を転がしていくように行動します。そんな作風を、時にアメリカナイズされたマッチョイズムとして嫌う人もいるでしょう。本作のダンも、ただ過去を振り返るのではなく、未来の世界から、さらにその先の未来を作るために行動していきます。

最後のページに、こんな一節があります:

でもピートはまともな猫なので、外に行く方が好きだし、家じゅうのドアを開けてみれば、そのなかのどれかひとつは必ず?夏への扉?なのだという信念を絶対に曲げようとしない。

ページを閉じるとき、そんなピートの信念を、ダンは、あなたは、どう感じるか、ぜひ確かめてください。