Text マルチメディア2.0としての電子書籍に未来はあるか

2010/3/29 | 児玉 哲彦 | [] [] [] [] []

Alice
(KUMANOMIX:引っ越ししたら出てきたもの

僕がコンピュータを本格的に触り始めたのは、93〜94年頃でした。当時は、CD-ROMによる「マルチメディア」コンテンツが一大ブームとなっており、インタラクティブ・ムービーから写真集までさまざまな作品が作られました。僕も「Spaceship Warlock」や「MYST」といったインタラクティブ・ムービーに衝撃を受け、これがメディアの未来ではないかと考えて3DCGによるコンテンツ制作を始めたのが、今の仕事に至るきっかけでした。


マルチメディアの失敗とウェブの成功

しかし、90年代の後半には、マルチメディアのブームはあっさり終焉を迎えます。代わって人気を博したデジタルコンテンツはプレステなどのゲーム、そしてもちろんウェブでした。そして、ゲームも複雑さの増加が限界を迎えており、最近では世界最大手のゲームソフトパブリッシャーEAがソーシャルゲーム開発のPlayFishを3億ドルで買収するなど、ゲーム業界もウェブ、特にSNSと連動したカジュアル&ソーシャルゲームに舵を切ろうとしています。

僕は3DCGを用いたリッチなコンテンツを作っている中で、次第にこのような流れを感じるようになりました。マルチプレイヤーでない多くのゲームもそうですが、パッケージ化された状態で完成するコンテンツは、どれだけリッチに作られても、パッケージングされた情報量以上の刺激を与えることはなく、CGを精緻にしたり、広い世界を作るなど刺激を増やすあらゆる試みがなされてきましたが、最後には必ず飽きる。広い意味ではアバターなどもこのようなコンテンツの例でしょう。

このような刺激の競争をしていくと、最後は情報量のためにかけるコストの競争となり、利益を上げられるクリエイターは一部に限られてしまい、マーケットが痩せ細っていきます。一方で、ウェブおよびその先端にあるソーシャルメディアの世界は、一部のクリエイターの作った世界を消費するのでなく、多くの参加者が発信もする側に回ることで、より強いエンゲージメントを与えたのだと思います。このことは、自分から発信しない参加者にとっても、自分にとって必要だったり身近に感じるコンテンを得られることで、強いエンゲージメントを実現しています。

このように、ユーザがデジタルコンテンツに求めたのは、単にメディアがリッチになるということではなく、誰が発信してそれをどのように受け止めるか、つまり編集権が限られたクリエイターの手から開放された、というアーキテクチャにおけるパワーシフトでした。


電子書籍はマルチメディア2.0?

このような流れの中で押されている旧来型のパッケージメディア業界が、iPadやKindleなどの電子書籍端末に大きな期待をかけています。フリーが基本のウェブと違い、それらの端末のコンテンツには課金モデルが成立している。さらに、電子書籍ならば、紙では難しい動きなどの付加価値も与えられる。下のデモ動画などはその好例です。

VIV Mag Interactive Feature Spread – iPad Demo from Alexx Henry on Vimeo.

(TechWave:電子書籍はクリエイターの腕次第!すごコンテンツ発見より)

あるいは同じくTechWaveにおいて、様々な雑誌のiPadアプリのコンセプト動画がまとめられています。

いずれも一見魅力的な「コンテンツ」です。しかし、これらの動画に見られるパッケージングされたリッチコンテンツは、いずれも、あの90年代のマルチメディアコンテンツの記憶を呼び起こします。例えばScott Rosenbergによるブログエントリー(wordyard:For the media biz, iPad 2010 = CDROM 1994)ははっきりとその点を指摘しています。


電子書籍と言わず、単にウェブやアプリじゃ駄目なの?

僕達はマルチメディアから、ソーシャルメディアにおけるエンゲージメントを持ったり、マイクロコンテンツをマッシュアップする世界にすでに進んでいるにもかかわらず、今こうしてまたパッケージ化されたリッチメディアが話題に上っている背景には、もちろんデバイスや配信インフラの高度化はあります。しかし、僕にはユーザのニーズとは別の論理が働いているように思います。それは、コンテンツのパブリッシャーのビジネスの論理です。

ウェブ以前のコンテンツのアーキテクチャを変えずに、アプリやAVコンテンツに見られるような課金システムを活用してそのビジネスモデルを延命させる。果たしてこのような論理で作られたコンテンツが、どれだけユーザの支持を得ることができるのか、僕は疑問に思っています。むしろ単純に既存の紙媒体の読みやすさなどのエクスペリエンスと、電子流通の利便性を組み合わせたKindle型の方が、短期的にはユーザのニーズには合致しているかもしれない。iTunesが音楽を変えたのでなく、音楽の流通を変えたように。

ですが、本当のコンテンツの未来は、新たなアーキテクチャにあります。本当の大きなビジネスも、そちらにあるでしょう。その時のコンテンツは、電子化された書籍というよりは、今のウェブやアプリに近いもので、もはや私達がコンテンツという言葉から想像するものではないかもしれません。自動車が馬なし馬車ではないように。

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3件のコメント »

  1. Link: Studio+i マルチメディア2.0としての電子書籍に未来はあるか – (KUMANOMIX:引っ越ししたら出てきたもの)僕がコンピュータを本格的に触り始めたのは、93〜94年頃でした。当時は、CD-ROM… http://tinyurl.com/yafj73g

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    コメント by a_kodama — 2010/3/29 月曜日 @ 19:21:02

  2. .@a_kodama さんのblog「マルチメディア2.0としての電子書籍に未来はあるか」.電子書籍に対し,編集権のシフトという歴史を踏まえた鋭い視点.パッケージ化されたものが不要となる訳ではないだろうが,居場所は限られてくるか. http://bit.ly/9ySsJh

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    コメント by niyalist — 2010/3/30 火曜日 @ 17:09:41

  3. .@niyalist 電子書籍と言った時点でパッケージが頭に浮かぶんですが、電子化でコンテンツがどう変わるか、でなくコミュニケーションがどう変わるか、と考える必要がありますね。 http://tinyurl.com/yafj73g

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    コメント by a_kodama — 2010/3/30 火曜日 @ 17:44:46

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