インタラクションするマテリアルの登場

木陰や洞窟のような自然の作り出したねぐらを離れて以来、我々はさまざまな素材を使って環境を作ってきた。日本は現存する世界でもっとも古い木造建築(法隆寺 西院伽藍)を持つ国である。また現代における建築を規定しているのは、ル・コルビュジェによる鉄筋コンクリートの建築、およびミース・ファン・デル・ローエによる鉄とガラスの建築である。では、未来の空間を規定するのはどのような素材か。一つの答えは、インタラクティブなマテリアルである。

ディスプレイ

現代の空間で大きなスペースを占めつつあるサーフェイス–それはディスプレイである。日経BPによれば、2008年には世界で1億台の薄型テレビが出荷される見込みで、生産量の不足が深刻な問題となりつつある。シャープは、50?60インチに達したテレビはもはや窓だとテレビCMで訴える。

住宅のリビングの設計や、会議室の設計は、もはやこのようなディスプレイ/スクリーンの位置関係抜きには設計できない。

さらに、テレビ以外にも、個人用のパーソナル・テレビ/PC/ケータイ等あらゆるディスプレイが生活空間に浸透しつつある。これらを既存の建築空間に統合していく試みは渡邊らによって進められており、空間論における重要なトピックとなりつつある。

例えばE Ink社が製品化した電子ペーパーディスプレイは、柔軟性や視認性といった紙の利点に、自由に内容を変更できるディスプレイの利点を組み合わせている。カラー化や応答速度等の課題は多いが、屋外の広告や、SonyAmazonの電子ブックリーダーなどですでに生活空間に導入されてきている。

このE Ink社の技術はMIT MediaLabの成果の実用化である。メディア研究の世界最高の拠点のひとつであるMediaLabでは、このようなケミカルのレベルにおけるマテリアル研究が少し前から盛んになっているようだ。

マルチタッチ

さまざまなディスプレイの中で、特にタッチスクリーン等のインタラクティブなサーフェイス技術が急速に実用化されつつある。もっとも強いインパクトを与えたのはAppleのiPhone/iPod Touchのマルチタッチ技術である。つい最近発表されたノートPC MacBook Airにおいても大型のトラックパッドと多様なマルチタッチジェスチュアが導入された。今後さまざまなコンピュータ/デジタル機器において、マルチタッチ技術が広がっていくと考えられる。

iPod Touch
iPod Touch

Appleの製品と並んで注目されているのが、Microsoftのインタラクティブ・テーブルSurfaceだ。テーブル上で商品の検討や写真の整理といったタスクを直感的なマルチタッチ操作で実現する。価格やメンテナンスの問題から当初はホテルや飲食店などでの導入を計画しているようだ。同様の技術として三菱電機のDiamondTouchが存在する。

DiamondTouch
DiamondTouch

特殊ガラス

ガラスの加工によるセンサーとの組み合わせや透明度の調整に、日本のガラス会社も取り組んでいる。

例えばフィグラ社が教育機関やオフィス向けに販売するMGSSystemは、ガラス黒板/プロジェクタースクリーン/赤外線タッチセンサーを組み合わせたソリューションであり、我々のasnaroとも連動して住宅への導入も進められている。同じく我々のミラカルテにおいても、フィグラの技術により鏡/マジックミラー/スクリーン/デジカメを組み合わせた。

MGSSystem
MGSSystem

ミラカルテ外観
ミラカルテ

日本板硝子は、電気信号によりガラスの透明度を変えるUMUガラスを製造している。ベネッセアートサイト直島において宮島達男がUMUガラスを用いたアート作品を展示している。また東京大学廣瀬研によるデジタルアート作品木漏れ日のディスプレイにおいても用いられている。

x-Design

現在筆者の所属する慶應大学SFCでは、新たにx-Design(エクストリームデザイン)というコースができる。これまでのメディアやコンテンツの枠にとどまらない、実世界と情報技術を融合した新たなデザインや経験を作り出そうという野心的な試みを行っている。例えば田中浩也研究室では、植物を情報の入出力インタフェースとして用いるなど、自然環境と情報システムを。また、脇田玲研究室では、情報の官能をテーマに電気的に色を変えることのできるテキスタイルや電磁場によって形を変える素材などを開発している。

まとめ:これらの素材が形作る空間

これまで見てきたように、ディスプレイやタッチスクリーン技術、さらには環境そのものを動的に変化させるようなマテリアルが環境の構成要素として利用されつつある。これらの技術は、我々の住まう空間を、記憶装置に、またコミュニケーション・メディアに変える。その中で我々は、ジェスチュアや気配のような、実空間におけるスキル/作法を用いて情報とインタラクトできるようになる。インタラクションするマテリアルによって、このような空間が実現する。