ソニーへのオープンレター:ユーザは情報機器のプラットフォーム価値を求めている

SONY

はじめに

本エントリーでは、これまでの研究、および多くのソニー製品を利用するユーザとして、ソニーの製品開発の現状について感じることを述べる。これはソニーの外からの一ユーザとしての視点に過ぎず、おそらく社内の皆様にとっては釈迦に説法であったり誤りと思われる内容も含んでいるであろう点をあらかじめお詫びしつつ、多くの優れた製品を生み出してきたソニーの事業の状況への、ユーザの視点からの意見を表明する。

ソニーの現状の課題

ソニー製品のユーザとして、僕は最初のMDプレーヤMZ-1に始まり、CDコンポ、VAIO 4機種、携帯電話、CLIE 3機種、すべてのPlayStationシリーズ、CyberShot 2機種、HandyCam 2機種、DVDレコーダーなど多くの製品を利用してきた。この一覧からもわかるように、僕はソニー製品の音質や画質、小型化技術やバッテリ技術に支えられた携帯性、優れたプロダクトデザインなど、製品の高い品質の大きなファンである。(誤解のないように述べると、Appleなど他社製品も数多く利用している。)

ところが、高品質な製品を製造、販売しているにもかかわらず、近年ソニーの事業パフォーマンスは決して高いとはいい難かった。特に、TV、ゲーム、PCなど、一時期はマーケットリーダーであり大きな収益を挙げた製品ドメインにおいて、Samsung、任天堂、Appleといった競合他社にシェア/収益のいずれも遅れを取っている状況にある。自分自身について述べるならば、現在利用しているPCはMacであり、携帯電話/オーディオプレーヤ/ゲーム機/PDAとしてiPhoneを常用している。日常的に利用するソニー製品は、写真とビデオのカメラのみである。こと情報機器においては、Apple製品の付加価値が大きく勝っているといわざるを得ない。

ソニーの製品は、ややもすると優れた技術に先導された開発がなされているように見受けられる。しかし、メーカーとして、今一度原点に立ち返り、ユーザのニーズや求める付加価値がなんであるか、という視点からの製品開発が求められている。

情報機器の付加価値のシフト−ハードウェアからプラットフォーム価値へ

先に述べたように、ソニーの製品の優位性は、主にハードウェアの性能およびプロダクトデザインにある。例えばいちはやくLEDバックライトを搭載したBRAVIAの画質、Walkmanの音質やバッテリ持続時間、VAIOの小型軽量さ、PS3の性能などは、現在でも競合他社を上回る。しかし、EMSへの委託などの水平分業化が進む今日の情報機器の開発においては、ハードウェアの技術的優位を維持できる時間は短く、高価格を正当化するような高い付加価値を与えるとはいえない。情報機器においては、ハードウェア性能やプロダクトデザインでの差別化は一般に困難であり、そこでどのようなサービスやコンテンツが利用できるかというプラットフォーム価値、およびその価値を下支えするUIなどのユーザエクスペリエンスが主な差別化要因となっている。そして、このプラットフォーム価値の不足が、今日のソニー製品の弱点となっている。

コンテンツ流通およびアプリケーションのプラットフォーム価値

プラットフォーム価値が情報機器の付加価値

情報機器に高い付加価値を与える最大の要因は、プラットフォーム価値である。例えばウェブは最大の価値の源泉となっており、それらに接続できない情報機器は今では考えられない。また、その上で動作する各種のサービス、例えばコンテンツの共有・配信プラットフォームやソーシャルネットワーキングサービスとの親和性が求められる。さらに、それらのサービスをより快適に利用するためには、機器上で動作するアプリケーションの充実も求められる。

ソニーの製品について述べると、PS3およびPSPはソフトウェア開発費の高騰、新たなエンターテイメント性を提供することの困難、それらの結果としての普及の遅れという負のスパイラルに悩まされている。Walkmanその他の音楽再生機器は、現在SonicStage 2バージョンとMedia Goという計3種類のメディア管理ソフトが提供されており、ユーザの混乱を招いている。また音楽ストアも分断されており、Xperiaのmora touchでオンライン購入した音楽をWalkmanで聴くことができない。また高機能モデルのWalkmanは、同じ大画面/タッチ操作を用いた競合製品であるiPod Touchと比べて、オープンなアプリケーションプラットフォームを持たないために魅力に乏しくなっている。Sony Readerは先行していたにも関わらず、多くの本のラインナップと3G回線による直接購入を実現したKindleに先行を許した。

プラットフォーム価値のより詳細な分析

ここでいうプラットフォームをより細かく分類すると、
・コンテンツ流通プラットフォーム
・アプリケーションプラットフォーム
に大別することができる。両者とも、現在優位に立っているのはAppleである。

まずiTunesによるコンテンツの流通は音楽、映画において最大の流通プラットフォームとなっている(おそらく今後は電子書籍においても主要なプレイヤーとなる)。またiPhone OSは、ウェブを除くあらゆるアプリケーションプラットフォームの中で最大のラインナップを持ち、開発者、ユーザのエコシステムを形成している。 これらのアプリもiTunesを通じて販売することで、シナジーを生じている。

ソニーも、当然ながらこうした課題は理解しており、まずコンテンツ流通プラットフォームとしてはPlayStation Networkを発展させたSony Online Serviceの開発が進んでいる。これにより、アカウントの共通化、コンテンツの購入ライセンスの機器をまたいだ共通化、所有するコンテンツの一元的な管理が実現することに期待する。特に、iTunesではコンテンツのクラウド上での保管や管理が可能となっておらず、常にPCの利用を前提とする。このような点を解消すれば、Appleに対する優位性を得ることができると考えられる。

次に、アプリケーションプラットフォームについては未だ発表されてはいないが、明らかにソニー製品は共通プラットフォームを必要としている。ここで、一つの可能性は、Androidを、Walkmanやカーナビなどより幅広い製品に利用することである。現在でもスマートフォンにおいてはAndroidを積極的に採用しており、またAndroidを用いたTVの開発の噂もある。オープンソースであり、すでに多くのアプリケーションを要し、かつ画面サイズなどにおいて多様な機器での利用が想定されているAndroidは、ソニーがiPhone OSに対抗するうえで有力な選択肢である。ただし、Androidの開発を行っているGoogleに大きなイニシアチブを与えてしまうという懸念はある。China MobileのOMSに見られるように、Androidアプリケーションとの互換性を保ちながら、ソニー独自の拡張等を行い、差別化したプラットフォームを構築することが適切であると考えられる。

製品のユーザエクスペリンスとプラットフォーム価値

次に、製品のUIに代表される、ユーザエクスペリンスについて述べる。ここでポイントとなるのは、ソニーの個別の製品のユーザエクスペリエンスは決して悪くないということだ。WalkmanやCybershotの操作性、全般的に優れたプロダクトデザインなどは他社製品と比べても魅力的である。この点では一見するとAppleや任天堂と同じように評価が高いように思われるが、これらの競合他社の製品を分析すると、ソニーと比較して、プラットフォーム価値を高めるためにユーザエクスペリエンスを活用しており、結果的に製品の優位性を高めることに成功している。ソニーの場合にはその点が不十分に思われる。以下に具体的な例を見ていく。

汎用的なUI

まず、Appleについて考えると、iPhoneやiPadで採用しているマルチタッチUIの操作性は高い評価を得ている。一方で、マルチタッチUIのメリットは操作性だけではない。その最大の利点は、ほぼ全てのUIをソフト的に実装したことで、事実上あらゆるサービスやアプリケーションに対応できる汎用性を持っていることである。このことは、iPhone OS上で多様なアプリケーションやコンテンツの実現に寄与した。また任天堂はWiiやDSにおいて、性能はPS3やPSPと比べて大きく劣るにも関わらず、タッチパネルやリモコンを用いたUIの新規性によって自社およびサードパーティーによる新鮮なゲームの提供を可能とし、大きなシェアを獲得した。

ソニーの製品について考えると、例えば同じハンドヘルドのフォームファクタであっても、PSP、Walkman、Cybershotといった製品は、それぞれの機能に特化したUIを採用しており、アプリケーションやサービスを汎用的に拡張することは難しい。

製品間で一貫したユーザエクスペリエンス

さらにAppleは、PC、メディアプレーヤ、スマートフォン、タブレットコンピュータなどの製品間で共通したUIを用いているため、Appleのいずれかの製品に慣れたカスタマーは、他の製品でも同様の機能を利用する場合には新たに習得する必要がなく、結果的に一度Apple製品を気に入ったユーザは、上述のプラットフォーム価値とも相まって、他の製品を買う場合にもApple製品を選びやすくなる。またSamsungは、携帯電話においてWindows Mobile、自社開発のOSなど複数のプラットフォームを利用しているが、いずれのプラットフォームにおいても共通のTouchWIZ UIを搭載し、ユーザから見ると一貫した操作性を提供している。

ソニーの製品について考えると、先ほど同様に同じフォームファクの製品であっても、製品間で全く異なるUIを採用している。それらの中で、音楽再生や写真閲覧などの類似した機能があっても、UIはバラバラで、製品毎に操作を習得する必要がある。同じ製品であっても、世代が変わるとUIが大幅に変わる場合もある。結果的に、いずれかのソニー製品が気に入ったとしても、次回以降もソニー製品を選択する動機付けになりにくい。

ソニーにおけるソリューション

まとめると、Appleや任天堂は、汎用的で操作性の高いUIを持ったプラットフォームを提供することで、サードパーティーによる付加価値の高いアプリケーションやサービスの提供を促し、製品の付加価値を高めるエコシステムの提供に成功している。さらにAppleは、異なる製品間でも共通したUIを採用することで、自社製品への囲い込みを実現している。

Appleや任天堂と比べると、ソニーははるかに幅広い製品ラインナップを持つため、製品間で一貫したUIを持たせることは困難である。しかし、上で述べたように、製品のプラットフォームを共通化させていくことで、ユーザエクスペリエンスについても統一を進めていくことが可能であると考える。また、異なるプラットフォームであっても、Samsungのように共通の汎用的UIおよび画面デザインを実現することで、一貫した操作性をユーザに与えることは可能である。

おわりに:ソニーへの期待

本エントリーでは、主にソニー製品への批判を述べてきた。が、裏を返せば、ソニーの製品が上で述べたようなプラットフォーム価値を実現するようにデザインされれば、ハードウェア性能の高さや優れたプロダクトデザインと相まって、Appleや任天堂と比しても高い競争力を持つことが可能であると考えられる。

その実現のために必要なのは、ユーザに提供する価値の観点から、製品企画および開発体制を根本的に考え直すことである。繰り返しになるが、現状のソニー製品に対して、ユーザはややもすると自己満足的な技術先行の匂いを嗅ぎ取っている。優れた技術はもちろん価値のあることである。しかし、ユーザの本当のニーズに謙虚に耳を傾け、それを満たすために技術を使うことでしか、ユーザに価値を届けることはできない。今のソニーには、そのようなものづくりの原点に立ち返ることを、切に望むものである。

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  13. 「製品のプラットフォームを共通化させていくことで、ユーザエクスペリエンスについても統一を進めていくことが可能である」: ソニーへのオープンレター:ユーザは情報機器のプラットフォーム価値を求めている http://plusi.info/archives/1196 

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  14. Sonyに対して言いたかったことが、うまくまとめられている。がんばれSony!
    Studio+i : ソニーへのオープンレター:ユーザは情報機器のプラットフォーム価値を求めている http://ht.ly/1I3C0

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  15. もうソニーにはなにも期待していない自分がいたな。時遅し。RT @a_kodama Studio+i : ソニーへのオープンレター:ユーザは情報機器のプラットフォーム価値を求めている… http://bit.ly/bbUXiO

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