ポップスターは死んだのか

マイケル・ジャクソン今年の6月に、マイケル・ジャクソンが亡くりました。そのとき、思ったものです。あれだけのポップスターは二度と現れないだろうと。

マイケルが、類を見ない偉大なエンターテイナーだったことは疑いようがありません。一方でマイケルが今の時代に活動していたとしたら−−トレンドの違いを乗り越えたとしても−−あれだけの成功を収めることはおそらく難しかったでしょう。

マイケルの人気が爆発した1980年前後は、先進国でカラーテレビがほとんどの世帯に普及した頃です。マイケルの歌はもちろん優れていますが、マイケルをKing of Popの座に即かせたのはダンスです。特に、「Thriller」などでミュージックビデオという表現方法を確立したことで、マイケルのパフォーマンスはテレビの電波に乗って世界中に届けられました。

しかし、インターネットによって情報の流通が広く開放される中で、実は一定以上のレベルの才能は世の中にたくさんいることが明らかになってきました。たとえばイラスト共有サイトのpixivを見ると、日本の絵師のレベルの高さと層の厚さに圧倒されます。こうした層の厚さがマンガやアニメのクオリティを底上げしていることがよくわかります。

こうしたメディア環境では、誰か一人のキングがアテンションを集め続けることは難しい。梅田望夫さんが言うところの「高速道路の先の大渋滞」になっているわけです。

結果として、従来のクリエイティブやコンテンツの金銭的価値の、一部への集中を弱まります。App Storeによって参入障壁の低いiPhoneアプリが、価格下落に苦しんでいることなどを見れば明らかでしょう。また、マスメディアの経営難も、同じ文脈で理解することができます。

多様なプレイヤーが情報の流通に参入できるようになったという意味で、これは明らかに望ましい状況です。ただし、クリエイティブな技術を磨いても、それが経済的な見返りに結びつきにくくなったことは否めません。

今後のクリエイティブの活用される場面は、マス・コミュニケーションから、よりニッチでパーソナルな領域におけるコミュニケーションへとシフトしていくのではないでしょうか。

2 thoughts on “ポップスターは死んだのか”

  1. 一方で、芸能とかスポーツ関係の人に話聴くと「スターシステム否定したら絶対失敗するよ」って話も聞くんですよね。

    >よりニッチでパーソナルな領域におけるコミュニケーション

    僕のゲーム開発以外の仕事(人材育成のコンサルティング)の取り方というか作り方はそれに近いかも。自分の作品自体はマスに向けたいと思ってるけど。

  2. > 一方で、芸能とかスポーツ関係の人に話聴くと「スターシステム否定したら絶対失敗するよ」って話も聞くんですよね。

    それはそうなんだけど、多分スターシステムを成立させてる環境が崩壊しちゃうんじゃないかってことで。

    マス(大衆)がいたからマスメディアが成り立ったというより、マスメディアの存在によってマスが作り上げられたっていう順番だったんじゃないかな?だからメディア環境が変わったことでマスの存在そのものが脅かされてるんじゃないかと。

    > 僕のゲーム開発以外の仕事(人材育成のコンサルティング)の取り方というか作り方はそれに近いかも。自分の作品自体はマスに向けたいと思ってるけど。

    自分でもそうだけど、個人ベースで仕事してると領域は狭めになりがちだよね。

    今そういう意味で(ボリュームとしての)マスに訴えかけるためには、マスをリードするようなトレンドを作るとか、クオリティを上げるとかいった戦略では難しくて、むしろ多様な趣味嗜好を包含できる透明な器のようなものがいいと思うんだ。

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