Text 信近エリ、という才能について

2009/6/14 | 児玉 哲彦 | [] [] []

アルバム「hands」表現を志す人間にとって、多くの相手にそれを届けたいというのは自然な欲求。その欲求が、経済原理と結びつく中で、音楽ビジネスは成り立ってきました。

多くの相手に届けることを目的にするならば、いろいろの方法を取ることができます。まず、大きなレーベルと契約に漕ぎ着けなければならない。すでに知られたプロデューサーに付いてもらうことも有効かもしれないし、流通を押さえる必要もある。タイアップをするなど、プロモーションも大きく仕掛けたい。

でも、と思う。一リスナーとして、心を動かす音楽に触れる経験は、どう流通するかという問題とは、あまり関係がないと思う。むしろ、本当の才能というものは、そのような被いをまとわず、一人荒野を歩いていても、隠しきれず溢れ出てしまうようなものかもしれません。

そのような才能に出会うことは希有です。が、信近エリさんは、そんな一人のミュージシャンです。


信近さんは、2004年にMondo Grosso(大沢伸一)の手による「Lights」でSony Musicからデビューし、その力強く伸びやかな歌声が一躍知られるようになりました。その後もPSPのソフト「ルミネス」のBGMに使われたり、トリンプのCMソングに起用されるなど着実に活動の場を広げます。

2006年にその時期の集大成とも言うべきアルバム「nobuchikaeri」をリリースします。このアルバムは、freeTEMPOの「The world is echoed」と並んで、この10年程の日本のクラブミュージックシーンが生み出した最大の成果の一つと言える珠玉の作品です。捨て曲が一曲もないだけでなく、スローバラードからエレクトロなダンスチューンまで、すべての曲が信近さんの声の魅力を最大限に活かすよう作られた、Mondo Grosso渾身のプロデュースです。

もしあなたが日本のクラブミュージックが好きか、MisiaやBirdやUAが好きなら、絶対にハマることを保証するので、聴いてみてください。



しかし、その後3年近く、信近さんの新作はリリースされませんでした。この間、ORANGE RANGEのNAOTOのソロプロジェクト「delofamilia」のボーカルとして活動するなどしていたようです。

そして、この6月に、ようやく新作アルバム「hands」がリリースされると聞いて、狂喜乱舞しました。もう活動を止めていたのかと思っていたので。

なぜ本人名義での新作をリリースしなかったのか、またなぜMondo Grossoから離れて活動するようになったのか、僕にはわかりません。ただ、Mondo Grossoの楽曲が前面に出ていた前作と比べると、様々なコンポーザーの手による楽曲は、時にポップスに、時にワールドミュージックに寄りながら、信近さんの歌声の魅力をより素直に引き出しているように思います。
(ちなみにiTunes Storeに書いたレビューが、アルバムのページのトップに出ています。)


13日にはタワーレコード渋谷のインストアライブに行ってきました。彼女のブログの記事に書かれているように、イベントスペースにはまったく収まりきらないほどの客が詰めかけました。

信近さんは、見た目雰囲気はあるけれども決して特別な人には見えません。それが、歌声を発した瞬間、彼女はまるで一個の人間から離れて、周りの空間を飲み込む一つの特異点に変わります。それくらい、生で聴く彼女の歌声は圧倒的でした。僕を含め多くの観客は、金縛りにあったように動けず、気付けば目頭が熱くなるのを抑えることができませんでした。

ファーストも本作も、僕のiPodのプレイリストの中で、不動のトップの座を占めています。


信近さんは、メジャーレーベルを離れ、大物プロデューサーを離れ、一時は活動しているのかさえ不確かでした。もうあの歌声を聴けないのかと、残念に思ったこともあります。それでも、彼女は歌い続けて、素晴らしい音楽を再び届けてくれました。

たぶん彼女は生まれついての歌い手であり、その才能を眠らせてしまうことは本人にも、シーンにも、許されなかったのだと思います。彼女の才能が煌めき続ける限り、僕はその歌声を聴き続けたいと願っています。

No TweetBacks yet. (Be the first to Tweet this post)


コメントはまだありません »

コメントはまだありません。

comment feed


Trackback URL

Additional comments powered by BackType