アメリカでは“Change”を標榜するオバマ氏がもうすぐ大統領に就任します。今回のオバマの地滑り的な勝利は、政治?企業?マスコミが結託した、新自由主義という名の強欲資本主義に対する、アメリカ国民の明確な「ノー」だと言えます。
アメリカの社会は、今や危機的な状況にあります。中流層の崩壊と一部企業経営者への富の集中を導いたモラル・ハザードが、内外におけるアメリカの力を弱めています。そのような状況を、「ボウリング・フォー・コロンバイン」「華氏911」等の作品を通じて笑いとともに告発し続けてきた一人のドキュメンタリー作家がマイケル・ムーアです。
最新作「SiCKO」の標的は、先進国で最悪と言われるアメリカの医療制度。保険会社や製薬会社が、共和党の政治家達と結託して、いかに巨額の利潤を上げつつ患者を見捨てる医療システムを作り上げたかを、皆保険による無料医療を実現しているフランス、イギリス、カナダ、そしてキューバなどとの対比の中で暴いていきます。
ムーアのこれまでの映画では、主張は賛同できる点が多いものの、偏った議論の運びや誘導的な演出には賛否両論がありました。しかし今回は、そうした演出はなりを潜め、誠実なドキュメンタリーになっています。(本作も、最後のキューバでの撮影には、多少キューバ側の作為を感じるシーンはあります。)
ムーアの一連の映画から明らかになるのは、アメリカ社会を壊した強欲資本主義体制が、ニクソンおよびレーガンによって形作られ、ブッシュJr.によって破綻したということです。本作でムーアは言います。イギリスに、フランスに、カナダに、そしてキューバにできるなら、なぜアメリカにできないのだ、と。それはムーアが、“Yes we can”をスローガンとしたオバマを熱烈に支持したことと響きあいます。
オバマの政治的手腕は未知数ですし、選挙戦を通じても政策の議論は少なく、アメリカが再生できるかはまだわかりません。しかし、彼が失敗しても、もう世界はカラクリに気付いてしまったし、この“Change”の波は引くことはないでしょう。Iの利益ではなく、weの連帯こそが、これからの世界を動かしていくのです。
ただし翻って日本の状況を見ると、公共部門への信頼は最低であり、リーダーシップを発揮する人材もいない。社会の亀裂が深まる中で、セーフティーネットから外れた個人による暴発も起こっている。私達の社会こそ、強い閉塞感の中にあります。