謹賀新年2020:トランスペアレントソサエティーの10年

あけましておめでとうございます。

僕は、慶應SFCの3年生です。入学年度は2017年で、ログインはs17365akです。2012年にオープンした未来創造塾に住んでいて、今年は実家に帰らなかったのでそこからこのエントリーを書いています。

未来創造塾プロジェクトが始まってから10年が過ぎ、トランスペアレントソサエティーという言葉も新聞やテレビで普通に目にするようになりました。当時は先進的だったキャンパスのライフログのインフラも世の中で当たり前になってきました。そこで、10年後に向けたインフラを考えるプロジェクトに所属しています。2030年のキャンパスを考えるために、この10年間に起こったキャンパスライフの変化をまとめてみます。


ライフログの歴史

2010年の頃のSFCを知る先生に聞くと、当時はまだ今のようにライフログが活用されることはなかったそうです。その頃までは今よりもプライバシーについての懸念が強く、ライフログの取得もオプトインが当たり前だったとか。最初のいくつかのライフログシステムはそれぞれ個別の研究グループが開発・運用をおこなっていました。2012年になってやっと、キャンパスID情報や電子マネーの履歴、ロケーション情報などのマッシュアップができるようになったそうです。

当時はアカデミッククラウドがまだなかったので、個々の開発者が個別にサーバを立てたり、当時別会社だったGoogleやAmazonのクラウドコンピュータを利用したりしていたそうです。アカデミッククラウドが整備されてから、学部生の授業で開発したサービスが人気を博して100万ユーザを突破し、そのまま起業した例もあります。10万ユーザくらいまでは、アカデミッククラウドで問題なくスケールアウトして運用を行っていたそうです。

また、アクティビティポートフォリオのβ運用がようやく開始されたのも同じ頃だそうです。そのため、2012年以前のキャンパスでの日々は今とはまったく異なるものでした。

利用するメディア

2010年頃の学生は、博物館にあるような二つ折りのラップトップPCや携帯電話を拡張したインターネット機能を使っていたそうです。またほとんどの資料は紙の書籍や論文誌だったため、当時の写真を見ると大きなカバンを持った学生がたくさんいます。今、ノートや資料はすべてスレートで済んでしまう。また、エアカムを使ってハンズフリーで電話やARが利用できるようになる前は、親が使っているような携帯電話を皆がポケットに入れていたそうです。今からは考えられませんね。

講義

2009年には、新し物好きの先輩達が、Twitterというツールで日々の様子をパブったり(当時は「つぶやく」と言ったそうです)、講義ノートをパブったりする程度だったそうです。びっくりしたのは、アクティビティポートフォリオがなかったので、講義の受講者はみんなレポートや、ペーパーテストで成績を付けられていたそうです。それぞれにスタート地点は違うのに、習熟のプロセスを評価せずに授業を受ける前から知識や技術を持ってる人の方が評価されたなんて、先輩たちはさぞ不公平に思ったことでしょうね!

研究

今SFCで行われている最大のプロジェクトは、企業コンソーシアムが支援して実施されている消費行動マイニングプロジェクトです。2019年時点で半数以上のキャンパス関係者は、自分の収入と支出およびその内訳を公開しています。このデータが移動履歴やソーシャルグラフの情報と組み合わされることで、ミクロな消費者の行動モデルが開発できるようになりました。

多くの企業は以前からマーケティングのためにこのような手法を求めていましたが、個人情報保護のために実データの転用が困難でした。未来創造塾ができてからのSFCでは、海外を含む様々な出身地の学生や海外から来た研究者、社会人学生などが生活しているため、多様な属性の被験者の生活を丸ごと対象とした研究が行える唯一の研究機関となっています。最近では、他の大学でも追随しようという動きが見られるようですが、キャンパス関係者や事務方の同意を得ることが困難なようです。去年は見学に来たスタンフォードとMITの研究者達を案内しました。

研究活動にアクティビティポートフォリオがもたらした変化として、研究者が研究成果、用いたデータ、およびプロセスを公開するようになりました。このことにより、興味を持った分野におけるこれまでの成果や研究者を簡単に見つけることができるようになりました。また特定の研究者が卒業したり転籍したりすると研究プロジェクトが継続できないという問題が大幅に緩和されました。僕の指導教官が、昔は研究成果の論文のPDFを研究室毎に自前のサーバにアップしてたなんて言ってましたが、冗談ですよね?

別の利点としては、経験の浅い学生が、過去のデータを用いたり研究プロセスを追体験することで、研究スキルを効率的に身に付けることができるようになりました。ただし、そのトレードオフとしてまったく新しい独自の発想の研究が減ったという声も聞かれます。また、データ、分析のプロセスが生の形で公開されることで、追試や検証が容易となり、研究の信頼性は大幅に向上しました。

コミュニティ

去年僕は30回のパサージュに参加しました。昔も学生どうしの集まりやパーティーはしょっちゅうあったようですが、エアカムを通して見れるペルソナがなかったので、見た目や話の上手さが今より大事だったそうです。

今の彼女とは去年のパサージュで知り合いました。よく見かける顔だな、とは思っていたのですが、彼女のペルソナを見た時に、ロケーション情報から僕の知り合いと一緒にいることが多いとわかって、声をかけてみたところ、意気投合して付き合うことになりました。

彼女は僕と違って新卒採用での就活をしていて、今度OB訪問に行くようです。OBは、他の皆と同じようにアクティビティポートフォリオのリストから大学での研究分野や物の考え方が近い相手を見つけたとのこと。特に、メディアセンターで借りていた本の傾向が似ていたことが、彼女の気に入ったようです。これも2010年頃にはせいぜい所属研究室と就職先の情報か、知り合いのつてを頼って見つけるしかなかったようです。

生活

彼女は外食や買った食材の履歴から、摂取カロリーをほぼ正確に記録し、また毎日の運動の量も記録して体重を管理しています。昔はこれらの情報を精度高く取得する方法がなかったので、ダイエットは難しかったそうです。看護医療学部の学生は、これらの情報を使って研究をしています。

また、買った服をアクティビティポートフォリオのクローゼットでいつでも見られるようにしているため、新しく服を買う時に同じような服を買ったりこれまでの服とコーディネートできないといった昔のようなことはなくなりました。ただし、サービスは無料なのですが、コーディネートでのレコメンデーションがたくさん来て、つい買いすぎてしまうそうです。美容院へ行っても最近のクローゼットを美容師に見せることで、合った髪型を考えてくれます。

彼女は心配性な方で、僕のソーシャルグラフの変動を日々チェックしているみたいです。そこで、友達のプログラマーに頼んで、彼女から見えるペルソナでは女の子が多いグループワークのソーシャルグラフの重みが低く見えるよう調節してくれました。

就職

今でも約半分の学生は新卒採用で大手企業に行きますが、次第に新卒採用のプロセスを通らずに社会に出る学生が増えています。残りの半数の学生は、1〜2年程度のワーキングホリデーにしたり、学生時代から行っている活動をそのままフリーランスで続ける学生も多いです。

アクティビティポートフォリオがない頃には、このような定型化されないキャリアを送ると、その間の自分の経験や成長、挙げた成果を人に伝えるのが難しかったので、キャリアが閉ざされてしまうことが多かったと聞きますが、今はそのようなことがなくなってきたので、就労の仕方も多様性が生まれてきました。

例えば、専門職については企業に所属せず、職能別のギルドに登録して活動する人が増えてきました。僕自身、ライフログマイニングのギルドへの登録を目指して師匠の下で修行をしています。(親には反対されましたが。)

モルモッ党

こうしたキャンパスの中のトランスペアレントソサエティーが実現されるうえで最大の障壁は、ライフログをオープン化することへの抵抗感だったと、上の世代の人達からよく聞きます。特に研究の中で行われる開発には、個人情報の取り扱いルールやスキームが確立しておらず、完全なセキュリティやプライバシー保護はなかなか望めなかった。

そんな危うい環境の中でも、自分達がモルモットになってライフログを提供する学生や教職員のグループが現れました。彼らはモルモッ党と名乗り、ライフログをオープン化することで、どれだけコミュニケーションがスムーズになったり自分のライフスタイルが改善するか、身を持って示しました。2010年時点では30人に満たなかったモルモッ党員ですが、今ではSFCの新入生の63%が春学期の間に、また教職員を含むキャンパス関係者の34%がライフログをオープン化しています。

2030年に向けて

今日のエントリーはこの10年の歴史を振り返るだけで終わってしまいました。夜も更けてきたので、2030年に向けたアイデアはまた明日のエントリーに書こうと思います。今年もよろしくお願いします。

(2020年1月2日に続く…)


  1. ライフログ:昔のPCやケータイに代わるクラウドデバイスを用いた活動や、銀行/クレジットカード/電子マネーによる金銭のやり取り、ICカードによる交通機関の乗降履歴および教室の入退出履歴、メディアセンターの貸し出し履歴など、各種のサービス利用の中で生じるデジタル化された行動履歴のログ。
  2. アカデミッククラウド:国内の大学・研究機関が連携して構築したクラウドコンピュータ。GooglezonやIBMOracleのクラウドには劣るが、国内では最大規模の計算能力とストレージを使った仮想マシンを研究者が自由に構築して利用することができる。
  3. アクティビティポートフォリオ:ライフログの中で、特定の講義や研究プロジェクトなどに関連したデータを抽出し、フォーマッティングされたもの。
  4. スレート:A4サイズのタッチスクリーンを備えたクラウドデバイス。クラウド上のウェブアプリケーションの実行、電子ブックリーダー、メディアプレーヤー等の機能を備える。
  5. エアカム:HMD型クラウドデバイス。電話、AR情報提示の機能を備える。
  6. パブる:ライフログを能動的にパブリッシュすること。
  7. パサージュ:パーティーの一種だが、エアカムを用いてお互いのペルソナをその場で交換し、話の合う相手を見つけやすくする。
  8. ペルソナ:アクティビティポートフォリオのうち、対外的に公開するプロフィールや最近の興味、最近やっていることをまとめたコンテンツ。内容は2010年のSNSの個人ページを精緻化したようなもの。エアカムを通じて相手を見ると、相手に重ね合わせて表示される。パサージュのためによく見えるペルソナをパブったり、就活などのシーンに合わせた複数のペルソナを切り替えてパブることは学生には当たり前になっている。

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